こころ ほどけゆく

眼ある人は盲人のごとく 耳ある人は聾者のごとく 知慧ある人は愚鈍なる者のごとく 強い者は弱い者のごとく

じんせいにしっぱいなし

もし

わたしの
じんせいが
いみがなく
しっぱいだった

としたら

わたしを
つくりだした
せかいそのものも
いみがなく
しっぱいだった
ことになるだろう

かけがえのなく
うつくしい
せかいを
しっている
わたし

そのわたしを
いだくせかいが
しっぱいだとは
わたしには
とうてい
しんじられない

だから

どのように
おえようとも
すべてのひとの
じんせいに
しっぱいはなく
せいこう
せいこう
だいせいこうなのだと
わたしは
しんじている


なあむ

ねてもさめても

「みだだいひの
 せいがんを
 ふかくしんぜん
 ひとはみな
 ねてもさめても
 へだてなく
 なむあみだぶつを
 となうべし」
   (しんらん)


はちじゅうごさい
さいばんねんの
しんらんしょうにんが

ねてもさめても
なむあみだぶつを
となえよと

わさんで
おときになった

おはようの
ことばにそえて
なむあみだぶつ

ありがとうに
ほほえみそえて
なむあみだぶつ

こんにちはの
ことばにそえて
なむあみだぶつ

ごめんなさいに
きもちをそえて
なむあみだぶつ

こんばんはの
ことばにそえて
なむあみだぶつ

おねがいしますに
いのりをそえて
なむあみだぶつ

おやすみなさいの
ことばにそえて
なむあみだぶつ

いつでも
どこでも
ねてもさめても
わたしに
あなたに
みなさまに
なむあみだぶつ

わたしは
こうして
ほとけ(いのち)に
むすばれ
ぜんうちゅうに
いだかれてゆく


なあむ

“わたし”

「 はやくはたらくこころは
 やんでいる
 ゆっくりはたらくこころは
 けんぜんである
 ふどうのこころは
 しんせいである 」
      (メヘル・バーバー)


わたしが
うちょうてんに
なっているときにも
わたしが
ごうきゅう
しているときにも
わたしが
げきど
しているときにも
わたしの
きがどうてん
しているときにも

じっと
うごかず
じっと
だまって
わたしの
そばにいる
“わたし”がいる

この
“わたし”に
であえたら

わたしは
うちょうてんに
なることも
ごうきゅう
することも
げきど
することも
きがどうてん
することも
なくなるだろう


なあむ
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