こころ ほどけゆく

眼ある人は盲人のごとく 耳ある人は聾者のごとく 知慧ある人は愚鈍なる者のごとく 強い者は弱い者のごとく

かんようであれ

とくめいのにんげんが

とくていのこじんを

ネットのうえで

てっていてきに

ひぼうちゅうしょうし

それを

またべつの

とくめいのにんげんが

びんじょうして

ひなんのあらしは

ぞうふくされかくさんされ

よろんのようなものが

けいせいされていく

そして

ひょうてきになったこじんは

あっというまに

しゃかいてきに

かんぜんに

まっさつされてしまう



いまのにほんは

そんなよのなかに

なってしまったかにみえる



わたしたちは

こんなしゃかいのとうらいを

のぞんできたのだろうか?

こんなしゃかいのそんぞくを

のぞんでいるのだろうか?



そもそも

ひとを

ばとうできるほどの

せいじんくんしが

このよのなかに

どれほどいるというのだろう?




どうか

いついかなるときにも

どんなひとにたいしても

わたしが

かんようであれますように


どうか


にほんじゅうのひとびとが

せかいじゅうのひとびとが

どんなひとにたいしても

かんようになっていけますように





なあむ

どこでもザゼン

ドラえもんが

どこでもドアを

もっているように

わたしには

どこでもザゼンがある



ざぜんは

そうちょう

ぜんでらにでかけ

ざふ(まるいざぶとん)のうえで

けっかふざ(とくべつなあしのくみかた)をして

すわることにこだわることはない



じぶんが

できるじかんに

できるばしょで

できるかっこうで

しぜんたいで

やればよい


せすじをのばし

いきをととのえて

しばらくのあいだ

じっとしずかに

すわっている

そうやってはじめたらよい

すわることができなければ

ゆっくりあるきながらだって

かまわない



いつのまにか

わたしは

どこでもザゼンを

いちにちに

なんどでも

くりかえしては

こころゆくまで

たのしむようになった





そして

いつのまにか

わたしの

どこでもザゼンは

ドラえもんの

どこでもドアと

おなじものとなった




なあむ

まあたらしいあさ

まっさらの

まあたらしい

ほかほかのあさが

いま

あなたのまんまえで

うまれでてきました


まっさらの

まあたらしい

つめたいくうきが

いま

あなたのからじゅうに

しみわたってゆこうとしています



まっさらの

まあたらしい

いちにちが

いま

いのちのめざめとともに

はじまりました






いきとしいけるものが

きょういちにち

まぶしくかがやきますように


なあむ 

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