こころ ほどけゆく

眼ある人は盲人のごとく 耳ある人は聾者のごとく 知慧ある人は愚鈍なる者のごとく 強い者は弱い者のごとく

ゆるす?

ひとを
ゆるす
ひとを
ゆるさない

などと
わたしには
くちがさけても
いえない

ゆるされて
いまここにある
わたし
いかされて
いまここにいきる
わたし

わたしが
ゆるす
わたしが
ゆるさないという
ことばは
わたしの
どこにもない


なあむ

わたしはかくせない

うまく
かくしている
つもり

だが

わたしの
ほんしょうは
いっきょしゅ
いっとうそくに
すべて
あらわれている

わたしの
ほんしつは
さはんじの
おこないに
ぜんぶ
みじみでている


なあむ

みたされたわたし

「しのたまわく、
 けんなるかなかいや。
 いったんのし、
 いっぴょうのいん、
 ろうこうにあり。
 ひとは
 そのうれいにたえず、
 かいは
 そのたのしみをあらためず。
 けんなるかなかいや。」
 (『ろんご』こうし)


めのまえの
たった
いちぜんのめし

それを
いただけるだけで
わたしは
ありがたく
みたされている

めのまえの
たった
いっぱいののみもの

それを
ちょうだいできるだけで
わたしは
ありがたく
みたされている

いま
ここに
いかされている

これだけで
わたしは
みにあまるほど
みたされている


なあむ

いちえんだまてんき

いちえんだまてんき
ということばが
あります

かいせい
せいてん
にほんばれ

という
いみなのだそうな

いちえんだまは
けっして(これいじょう)
くずれるしんぱいが
ないから

わたしも
いちえんだまてんきに
あやかって

ぴーかんてんきで
はればれと
そこぬけようきで
にこにこと
あっぱれてんきで
かがやいて
とこなつようきで
きらきらと
くらしていこう


なあむ

ぜんたいをふくまないじぶんはない

「じぶんを
 ふくまない
 ぜんたいはない。
 すれば、
 ぜんたいの
 なんきょくには
 じぶんが
 ふくまれている。
 もしさとれば
 ぜんたいが
 じぶんである。
 いやしくも
 せかいをうれい、
 くにをおもい、
 しゅういを
 あらためようと
 するならば、
 まずだれよりも、
 じぶんから
 たちなおるべきである。」
  (『まずじぶんからたちなおろう』にしだてんこう)


けしつぶ
のような
そんざいの
わたし

その
わたしが
いま
ここに
いるから
せかいが
なりたっている

ちりあくた
のような
そんざいの
わたし

その
わたしが
いま
ここに
あるから
うちゅうが
せいりつしている

おろかであろと
よわよわしかろうと
たよりなかろうと
この
わたしが
このままの
わたしが
せかいそのものなのだ

ひとに
なきごとをいい
だれかに
ぐちをこぼす
ひまなど
あろうはずがない

いま
ここで
わたしが
ふかく
さんげして
たましいをこめて
わたしを
かえてゆく

わたしが
かわることで
すべてが
かわってゆく


なあむ
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